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   老画家は白いものがほとんどになった自分の毛髪を数本、鋏で切り取り、キャンバスの下絵に塗り込んだ。人物画のちょうど頭の部分にあたるところである。  若い時分、水彩画を描いたときには誰もいない密室で密かに自慰に耽り、自分の遺伝子で絵の具を溶いたこともあった。齢を加え、油絵しか描かなくなった今では、すっかり勃たなくなったということもあるが、毛髪を塗り込めることにしている。上から幾重にも重ね塗りしてしまえば、下地の部分に描き手の毛髪がめり込んでいることなど誰も気づきはしない。  画家の描く絵は魂の発露である。  老人は今でも、そう固く信じていた。絵の隅に小さく自分の名を記すだけでは飽きたらず、己の躯の一部を絵に塗り込めることを思いついたのはまだ画学生のころだった。  絵画市場に出回る有名画家の作品は真作か贋作かでもめることが多い。そのたびにエックス線撮影や手間のかかる鑑定に煩わせられている人々を見るにつけ、画家の指紋でもついているか。あるいは画家の躯の特徴を示すものでも痕跡として残ってれば良いのに、と思ったことがきっかけだった。  絵に画家の遺伝子を示す、毛髪を塗り込めることを思い立ったのは、そういった動機だった。それと、ほんの少しの悪戯心からかもしれない。  絵の所有者は自分が壁に飾っている絵に画家の毛髪が塗り込められていると知ったらどんな気がするだろう。  おそらく無気味なのではないか。  老人は誰にもそのことを告げず、亡くなった。身寄りはない。  死因は服毒自殺だった。